【ニコニコ動画連携小説】 叶えてあげよう
元旦の夜。
僕は念入りに布団を整えて眠りにつこうとしていた。
今年の4月に高校3年生になり、大学受験も控えている。我ながらくだらないとは思うが、いい初夢を見て今年のスタートをいいものにしたいと思ったのだ。
いい夢を見るためには快適な睡眠空間が欠かせない! ――はずだ。
僕はシーツを丹念に広げてシワを伸ばしてきっちりと布団に巻きつけ、毛布や布団もきっちりと引いて布団の中にもぐりこんだ。
うん、快適だ。これならいい夢が見れるだろう。
暖かく柔らかい温もりに包まれながら、吸い込まれるように眠りに落ちていった。
びゅぅー。
風を切る音が耳に響き、気流が僕の身体を包んでそのまま宙に放りだされた。
しかし、落下する事はなく、僕は空を飛んでいた。
鳥のように、自由に、思うがままに飛んでいた。
ものすごく楽しい! これは絶対いい夢だ。
(ああ、これは夢だ)
僕は夢の中で夢だと自覚した。じゃあ、何でもできるじゃないか!
しばらく自由に飛び回って楽しい思いをした後、僕はふと考えた。
夢なら、なんでもできるんだ。神様と会ってお願いをしよう。
僕はそう考えると、ぱっと風景が変わった。
目の前に何やら神殿が見える。奥から光がぱあっと近づいてきて、僕を包んだ。
僕は周りを見渡してみた。何も見えない。ただただ、まぶしいだけだ。完全なる光に包まれているのを僕は感じた。
『願いを3つ叶えてあげよう』
僕の頭の中に渋い重厚な男の声が聞こえた。
(これは神様の声だ!)
僕は確信した。
「本物の金貨が欲しいです」
僕は大みそかの番組で見た金貨の特集をふと思い出して口に出した。
『叶えてあげよう』
重厚な声が頭の中に響くと掌に何が手ごたえを感じた。見てみるとそれは金貨だった。ずっしりと重みも感じた。
すごい!
と思うと同時になんか自分の願いが妙に小さすぎてがっかりした。残り2つの願いはもっといいお願いをしなければと思った。
『残り2つ』
僕を催促するような声が頭に響いた。
「えっと……。志望校に合格できますように!」
『叶えてあげよう』
重厚な声が頭の中に響いた。けど、何も変化はなかった。当たり前だ。受験は来年の1月のセンター試験からだ。結果はさらにその後。今すぐ何かあるわけじゃない。
僕は再び後悔した。次はもっといい願いをしなければ……。
『残り1つ』
僕を催促するような声が頭に響いた。
「えーーーっと」
僕は必死に考えた。
何がいいだろう? どうせ夢だ。途方もない願いでもいいじゃないか。
「新世界の神になる」でも「宇宙を手に入れる」でも「俺、魔法少女になる」でもなんでもいいじゃないか。
『残り1つ』
待ちきれないように催促する声が頭に響いた。
「これからずっと、僕の願いが叶いますように!」
『…………』
さすがにこれは反則か? 一度は言ってみたかったんだけど。
『叶えてあげよう』
重厚な声が頭の中に響いた。
(え? いいの? ほんとにいいの?)
と思って僕は喜んだ。でも、よく考えてみるとこれも今すぐに変化がわからないじゃないか。
ダメじゃん! 僕!
僕はぱっと目を覚ました。
ひんやりとした空気が頬を撫でる。今日もきっと氷点下だ。
初夢としてはまあまあじゃないか?
自由に空を飛ぶ夢。神様に願い事をかなえてもらう夢。
うん。まあ上々だ。
時計を見ると8時を過ぎたところだった。ずっと、この暖かい布団の中で過ごしていたいがもうすぐ母が叩き起こしに来るだろう。
他人に起こされることほど腹ただしい事はないので、僕は起きることにした。
気合を入れて布団をめくり上げて身体を起こす。
「あれ?」
僕は掌に何かあるので思わず声が出た。
金貨だ。夢で見た奴だ。
あれ?
まだ、夢が続いているのか?
まじまじと金貨を見てから僕は布団を出た。切り裂くような冷たい空気が全身を包み、僕の精神を覚醒させた。しかし、手の中の金貨は消えない。
僕は上着を羽織って机の上に金貨を置いた。
「なんなんだ、これ」
僕はパソコンを立ち上げて、『金貨』を画像でググってみた。
どうやら、ここにある金貨はウィーン金貨というやつらしい。本物なのかな……。
僕はまじまじと机の上の金貨を見つめた。ウィキを見て定規で大きさと厚みを測ってみた。どうやら本物と同じ大きさ。重さまで測れば完璧だが今はそんな秤はもっていない。
(まあいいか)
本物でも偽物でも、どうでもいいことに僕は思えた。
僕は無造作に金貨を机の引き出しに入れた。
数日後、学校が始まった。
朝、目覚めたとき、僕はふと思った。
そう言えば、僕は何でも願いが叶うように夢の中でお願いしたんだった。
冗談半分のいたずら気分で僕はお願いをしてみることにした。
「とびきり、美人の彼女が欲しいです」
彼女イナイ歴=年齢の僕には重要な願いだ。まあ、叶うはずもないが……。
『叶えてあげよう』
あの重厚な男の声が頭の中に響いた。
「え?!」
僕は周りを見渡した。
まさかね。僕はいつものように朝食を食べ、身支度を整えて学校に向かった。
………………
えー。結論を言おう。
――彼女ができました。
通学中に見通しの悪い交差点でパンをくわえたクラスメイトの女子と出合い頭にぶつかるという、なんというか……。
神様、シチュエーションまで指定しないとダメですか?
神様、実はあなたはアニオタですか?
まあ、とにかく、僕に初めての彼女ができました。
彼女は結城直子。
同じ中学出身だから彼女の事は知っていた。
成績優秀、容姿端麗。非の打ちどころがないとは彼女のようなことを言うのだろう。
僕にとっては高嶺の花。絶対、接点などできないだろうと思ってた。
しかし、話してみると意外とフレンドリーで話題も驚くほどかみ合ってあっという間に僕たちはお互いにかけがえのない存在になった。
初夢の出来事は本当の事だったのかもしれない。
僕が願い事をするとあの重厚な男の『叶えてあげよう』という声が頭に響き、その願いはすぐに叶えられた。
勉強で理解できないところがあっても。
「神様、理解できるようにしてください」
『叶えてあげよう』
おお、わかった。そういう事だったのか!
と、いう具合に勉強だけでなく、スポーツ、恋愛、そして大学受験も。
何もかも思い通りに進んだ。
なにしろ、僕には神様がついているんだからね!
僕と直子は同じ大学に行くことになった。
もちろん、これは僕が神様にお願いしたことだ。
大学の近くにアパートを借りて二人で住むことにした。神様のおかげで格安ながら非常に良い物件に出会う事が出来た。
僕と彼女の両親はとても心配していたが、大学卒業まで僕たちは仲良くずっと暮らしていけた。
なにしろ、僕には神様がついているんだからね!
そして……卒業と同時に僕たちは結婚することにした。
その事をまず彼女の両親に話をした。
僕が一流企業に就職が決まっていることもあって彼女の両親は笑顔で承諾してくれた。
今度は僕の両親に結婚することを話したが意外なことに僕の母が大反対した。
理由がよくわからない。
直子と僕の母は今まで何回も会って楽しそうに話していたのに、どうしてこうも反対するのか僕には理解できなかった。
「あの娘は完璧すぎるのよ」
僕が母に反対する理由を問い詰めるとヒステリックに言って、僕の説得をまったく聞き入れてくれなかった。
僕の結婚に賛成してくれている父からも説得してもらったが母の意見を変えることができなかった。
僕は何度か母を説得しようとしたが、母は目を吊り上げ反対した。
もう、正常な判断をしているとは思えなかった。
「ただいま……」
僕は母の説得に失敗して疲れ果てて家にもどった。
「おかえりなさい」
直子は笑顔で出迎えてくれた。考えてみれば同棲を始めて4年近くになる。
直子の笑顔に僕はどれだけ救われてきたことか……。
「どうだった?」
直子は表情を少し曇らせて尋ねてきた。
「だめだったよ。相変わらず」
僕はため息をついた。母一人の反対のために直子の笑顔を守ることができない……。
(母さんなんて、いなくなっちゃえばいいのに)
と、疲れ切った僕はついそう思ってしまった。
『叶えてあげよう』
あの重厚な男の声が頭の中に響いた。
「え? ちょっと、待った! 今のなし!」
僕は思わず叫んだ。隣にいた直子がびっくりして飛び上がった。
「え? 何? どうしたの?」
直子は首をかしげて僕を覗き込んできた。
「いや、なんでも……」
僕が首を振った時、携帯が鳴った。
僕は猛烈に嫌な予感がした。
「電話、出なよ」
携帯を握りしめたまま固まっている僕に直子は微笑みながら言った。
その微笑みは今まで僕が見たことがなかったような怖さをなぜか感じさせるものだった。
「ああ、お前か、母さんがな……」
電話は父からだった。
そして、その内容は……想像通りのものだった。
母は突然逝ってしまった……。
死因は脳梗塞。救急車が来た時にはすでに手遅れだった。
僕は後悔した。
なぜ、あんな願いをしてしまったんだろう。
願うとしたら「母が結婚に賛成してくれますように」とか「みんなに祝福される結婚になりますように」にするべきだった。
母の頑固な姿勢を見たせいでそういう願いが頭に浮かばなかったのかもしれない。
母の棺が火葬場の炉に滑り込んでいく光景に僕は涙を流した。
幼い頃の母との記憶が頭の中に次々とよみがえり、人目をはばからず僕は泣いた。
「こっちにきて」
直子はそんな僕を人目のつかないところへ導いた。
「直子……」
「これからは私がいるよ」
直子は僕の涙をハンカチでぬぐってくれた。
「ありがとう」
僕は直子を抱きしめて何度もそう言った。
「すぐには無理だと思うけど、元気を出して」
直子は僕を抱き返してくれた。
僕は決して人を死に追いやるような願いはしないとこの時、心に誓った。
母の死もあって、卒業と同時に結婚はできなかったが、翌年、僕たちは結婚した。
男の子も授かり、仕事も順調。
幸せを絵にかいたような生活が続いた。
なにしろ、僕には神様がついているんだからね!
おおみそかの夜、息子の幸一を寝かしつけたあと、リビングでテレビを見ながら年越しそばを食べるというありがちな過ごし方をしていると、いつの間にか年明けを迎えていた。
「あっ」
直子はテレビがいつの間にか新年を祝う番組になっている事に気づいて声を上げた。
直子と過ごす時間はいつもこうだ。楽しくおしゃべりしていると、あっという間に時間が過ぎ去ってしまう。
「今年もよろしくね」
にっこりと直子は微笑んだ。
「こちらこそ」
僕も直子に微笑み返した。
ふと、僕は高校時代の初夢の話が頭をよぎり、その事を直子に話した。
そういえば長い付き合いなのに今まで話したことがなかった。
「と、いうわけで、僕は神様にお願いをいつも聞いてもらっているわけさ」
おとぎ話風に僕がおどけて言った。酒も結構入っていたのでふわふわとして気持ちよく饒舌に語ってしまった。
僕はこんな僕を見て、直子が呆れたようにクスクスと笑ってくれると思った。
しかし、そうはならなかった。
直子は信じられない力で僕を押し倒し、馬乗りになった。
「え?」
「あなたもそうなんだ」
直子は微笑んだ。
だが、その全てを凍らせるような笑顔に僕は震え上がった。
「私も神様がなんでも願いを叶えてくれるのよ」
「え?」
「私、高校の時、彼氏が欲しかった。頭がよくてルックスはまあまあで……。願いはすぐ叶ったわ。あなたと同じ大学に行って、一緒に暮らしたかった。これも願いどおりよ」
直子は今までになく残酷な微笑みを浮かべて言葉を続けた。「あなたの母親が邪魔だった。いなくなればいいと思ったわ。これも願いどおり」
(どういうことだ。僕は僕の願いだと思っていたのは実は彼女の願いどおりに動いていた操り人形だったというのか?)
最初は間違いなく、自分の願いが叶っていたはず。
いったい、いつから僕の願いはすり替えられていたのだろう。
今更ながら、思い返してみると母が亡くなった時に『母を生き返らせてください』と神様にお願いしなかったのは奇妙だ。
「今、私は幸せ。……そうね。次は女の子が欲しいわ」
直子はそう言うと服を脱ぎ始めた。
『叶えてあげよう』
あの重厚な男の声が僕の頭の中に響いた。
直子から逃れようともがいても女性とは思えない力でねじ伏せられ、服を脱がされた。
そのうち僕は身体がまったくいう事を聞かない状態になってしまった。
ここから逃げ出したいのに、直子の望むがままの反応しか僕にはできなかった。
心と身体が真っ二つに分断され、心は困惑と恐怖に震えているのに身体は直子に快感を与える動きを取っていた。
直子は僕の上で心地よさそうに身体をうねらせ喘いでいる。
恍惚とした表情を浮かべ、快感を何度もかみしめるように身体を震わせていた。
「あなたは最高のパートナーよ。愛しているわ。本当よ」
直子は僕の顔を撫でながら腰で激しく僕を責めたてる。
僕の願いは何だったのだろう?
僕は直子から逃げられないのか。
この気持ちは絶望だろうか?
それとも……。
そうだ。
今、僕が望めばきっと神様が叶えてくれるはずだ。
直子の思い通りなんかにさせない!
今の僕の願いは……。
「うっ!」
いきなり直子が僕の肩に噛みついて来たので、痛みで思考が停止してしまった。
「グッアァァ」
貪るような直子の愛咬に激痛で自分の意志とは関係なく身体が跳ねるように震えた。
「駄目よ。そんなコト考えちゃ」
耳元で熱い吐息まじりの甘い囁きが響く。
「もう、逃がさない」
僕の血で濡れた直子の妖艶な唇が歪んだ。「あなたはずっと、私の理想のヒト……」
『叶えてあげよう』
あの重厚な男の声が頭の中に響いて、僕は暗闇に堕とされた。
了